
アズマイチゲ(東一華)
ユキワリイチゲ(雪割一華)と同じ時期に花を咲かせて同じ時期に他の草の下に隠れてしまう、いわゆるスプリングエフェメラルの一種。同じキンポウゲ科のユキワリイチゲと比べると、やや華奢で花の数も密度も少なく、全体に弱々しい印象を受ける。
九重男池の周辺でも池の近くでアズマイチゲが花を咲かせ、登山道を一段上がったあたりでユキワリイチゲが多く分布しているようだ。
アズマイチゲの花は白一色で、それ故その清楚さがより強調されているように感じる。
左の写真からは春の柔らかな陽の当たる場所で伸びやかに命を謳歌しているような印象を受ける。
一方、右の写真からはそこここに冬の寒気がまだ残っているような春浅い時期に花を開こうとしていて、若者がこれから伸びて行く健気な姿のように思える。
以前、「ON THE STAGE」という題で、ステージの上の女性歌手か女優の姿をイメージさせると書いたことがある。私にはどこかしらアズマイチゲの花は、人の人生のドラマチックな一場面を思わせる面があると感じてしまう。それは、花びらの色が白であるからではないだろうか。
ユキワリイチゲやキクザキイチゲなどその花の特徴や生態から付けられたのだと思われるが、アズマイチゲは何故アズマと地方の名が付いたのだろう。
一説では、東一華の名が付いたのは、関東地方に多くこのあたりにしか分布しないと思われたことから付いたとのこと。 まあ、名前については置いておいて、いずれにしてもアズマイチゲの清楚で懸命な印象を与える花の姿が男池の周辺でいつまでも観られることを願ってやまないのである。
ハルリンドウ(春竜胆)
スライドをスキャンしながら思い知るのは、ポジフィルムで撮った写真の暖かさである。デジタルカメラばかり撮っていると忘れてしまっているのが、表情の温もりやボケの柔らかさを改めて感じてしまう。最近、フィルムカメラが少しずつ人気を取り戻しているのは、デジタルの表現に飽きたと言うよりも、フィルムの暖かさに戻りたいと言うことなのかも知れない。
さて、ハルリンドウ、どこかしら数生まれた雛鳥たちが親鳥にえさを求めて大きく口を開けている様に似ているように思える。そんな愛らしさを感じて撮したのを覚えている。
秋に咲くリンドウ(竜胆)は立派な花である。それに比べると、ハルリンドウやフデリンドウ(筆竜胆)は小さく色合いも淡い。その可愛らしさが魅かれる理由でもある。
春先、まだ枯草色が目立つ湧蓋山の麓の草原を歩いていて空の色が地上に映っているかのような一角に次々にハルリンドウを見つけた。花たちが陽光で空色に輝くのが嬉しくなってシャッターを次々に切っていた。
今年はしばらく出掛けていなかったあの草原へハルリンドウを求めて出掛けてみようと思っている。
シロバナエンレイソウ (白花延齢草)
齢を延ばすと言うめでたい名前の花である。
九重男池の周辺でよく見かけていたが、最近はあまり見かけなくなってしまった。以前は古処山の頂上付近でもシロバナではないエンレイソウを見かけていたが、いつの間にか見かけなくなってしまった。いろんな花が姿を消してしまっていることは、淋しく哀しい思いを禁じ得ない。
この写真を我が家の玄関に掲げてもう三十年経っているが、未だに据え変えていない。
シロバナエンレイソウは花と葉がきれいに整ったものが少なく、いろいろ探し歩いているうちにこの一輪を見つけた花だった。すっくと伸びた茎に三枚の花びらとガクが形よく開いている。その花びらに淡いピンクの筋が入っていて、彩りを添えていた。大きな葉はどこか貴婦人のドレスを思わせ、その葉の下に伸びている茎の背後は黒く別世界のようであり、上部の背景の裸の枝が早春の空気感を漂わせていることとのコントラストも気に入っている。
その後、何枚もシロバナエンレイソウの写真を撮ったが、これ以上気に入ったものにならなかった。
ユキワリイチゲ(雪割一華)
三十数年前、男池周辺にはユキワリイチゲやアズマイチゲ(東一華)を数多く見ることが出来た。三月の下旬、私はその一角で三脚を据えてパチリ、向きを変えてパチリとユキワリイチゲを撮していた。何とも楽しい想い出である。その時の写真を上げることにした。
残念ながら、多くユキワリイチゲを見ることが出来た一角は大雨で水が溜まって木々は立ち枯れてしまい、草も生えていない泥の海と化してしまっている。果たしてユキワリイチゲは復活するのだろうか、心配している。
さて、春にいち早く花を咲かせ、他の植物が伸びてくる頃にはその下に隠れてしまうこのユキワリイチゲやアズマイチゲはスプリングエフェメラルと言われている。直訳すると春の蜻蛉、儚い春と言うことになるが、日本では春の妖精と呼ばれている。
三月の終わりや四月の男池周辺では木々が漸く芽吹きはじめる明るい森の中を歩けば、足元に春の妖精たちが小さな花を咲けせている。ハルトラノオ、エイザンスミレ、ハナネコノメなどなど。
ユキワリイチゲやシロバナエンレイソウの姿は数少なくなったが、今でもいろんな花たちと出会うことが出来る。そんな森をカメラ片手にのんびり歩き回るのは私にとって至福の一時であることは変わらない。
ラショウモンカズラ(羅生門葛)
英彦山北岳に向かう登山口高住神社の裏を抜けた場所にラショウモンカズラが小さな群落を作っていて、春先に目を楽しませてくれた。独特の花の形と透明感がある色が印象的で出会うと嬉しくなる。
ふと、この名前の由来が気になり調べてみると、羅生門で渡部綱が切り落とした鬼女の腕に花の形が似ていることから付いたそうだ。今昔物語の羅生門のくだりに出てくる一説からのものらしい。なるほど牧野富太郎が付けたにしては物語じみている。では、いつ頃誰が付けたのだろう、疑問が沸々と湧いてくる。
いろいろ調べているうちに謡曲「羅生門」に因んでいるらしいことが解ってきた。しかし、それ以上のことは不明のままである。
カタクリ(片栗)
内大臣橋を渡り右の脇道に入る。目丸山の登山口はもう少しだ。集落を過ぎると環境保全の為にボランティア団体が植林した広葉樹の苗木が多い斜面を通る。以前はこのあたりにもカタクリなどの花が春先には咲き乱れていたのではないかと想像する。
車を停めて歩き出すとすぐに尾根道になり、遥か下から沢音が聞こえる。鳥たちがにぎやかにさえずる中、見上げる木立には淡い緑の葉が緩やかに風に揺れている。深山幽谷の趣を称えた登山道をゆっくりと登る。
やがて沢音も遠ざかり、時折得られる木立の間からの展望は山々の連続だけだ。頂上が近づいた頃、漸くお目当てのカタクリがちらほらと姿を現す。花びらを開きかけのもの、しっかり開き切り花びらがそっくり返ったもの・・・、勝手気ままのように思える姿が愛らしい。一株一株を見ながらゆっくりと噛みしめるように歩く。
やがて頂きに。カタクリたちが登山者を歓迎するように咲き誇っている。荷を下ろしカメラを取り出し、まずは撮影だ。時間を忘れてパチリ、また一枚パチリ。カタクリに会いにやってきた。そして登ってきた。そんな感慨が湧いてくる。同時にカタクリたちは里からこの山の頂付近に追いやられてしまったのじゃないかと思えて哀しくなる。
物部(もののふ)の
八十(やそ)乙女らが
汲みまがふ 寺井の上の
堅香子(かたかご)の花
寺の中の泉に何人もの宮仕えの乙女達が水汲みにやってくる情景を歌ったものだ。水汲みは女性の仕事と決まっていたのだろう。若く美しい乙女達が水汲みにやってくるその足元にはカタクリが何輪も花を咲かせている。
解釈はさておいて、身近にカタクリの花が咲いていたことに注目したい。万葉の時代、カタクリは人々のすぐそばで当たり前のように咲いていたことに気が付く。そんなカタクリの咲く里を訪れてみたいと強く思う。
そして、紅紫色のカタクリの花の色を万葉の人々は、あるいは平安の時代の人々はどう呼んでいたであろうか。伝統的な日本の色では貝紫の色と呼んでいたのではないだろうか。貝のパープル腺から抽出した色素で布を染めたという。古代ペルーのインディオの普段着にも、古代ローマ帝国の権力者の独占物であったり、日本でも吉野ヶ里遺跡でも貝染めの布が見つかっているらしい。どこも乱獲で幻の色になっているらしい。
そのことからどことなくカタクリの花びらの色は古代の雰囲気を漂わせているようでもある。
写真をひとしきり撮り終えたら昼食である。山また山の大きな展望が得られる場所に腰掛けていただいた。
地図で見ると目丸山と京之丈山はすぐ近くである。頂上を去る前に気になったので京之丈山への道を探してみたが、見つけることは出来なかった。カタクリのためにも人が歩かない方がいいのかも知れないと思い、頂を後にした。
フシグロセンノウ(節黒仙翁)
九重男池の奥の森を夏の最中にぶらついていると、仄暗い森の中で柔らかな朱色の花が森を緩やかに吹き抜ける風に揺れていた。森全体が柔らかい闇に覆われた中、どこか幻想的な風景に思わず立ち止まり、私を夢想の世界に引き込んでしまう。それは、万葉の時代の恋の歌の響きだったり、明治や大正の恋する女性の哀しみだったり・・・。三脚を立てカメラを据えた。ファインダーを覗くとフシグロセンノウの花が揺れて見え隠れしている。
柔らかな朱色と表現したが、ぴったりとくる色はないかと「あなたに贈る四季の色」(若菜晃子著)という本をぱらぱらめくっていると、蘇芳(すおう)という色に出くわした。『蘇芳は熱帯原産のマメ科の低木で心材を染料に用いる。飛鳥時代に中国から伝わった。正倉院にも御物(染織)がみられる。』とある。
媒染剤で赤や紫に変化するらしい。その兼ね合いで蘇芳色は出来るとのこと。
実は、もう二十年以上前に宮古島に旅行した時に、灯台見物した後に道脇にマメ科と思われる葉の形をした植物を見かけた。ガイドさんに訊いてみると、蘇芳だと教えてくれた。その一度きりの出会いだったが、名前だけは覚えていた。熱帯原産の蘇芳がどのようにして宮古島にたどり着いたのだろうか、いろいろ想像してみる。
話を戻そう。フシグロセンノウの名前である。フシグロは節が黒紫色を帯びること、センノウは最初に見つけられたのが、京都の仙翁寺で見つけられたという説がある。また、センノウという中国伝来のナデシコ科の花に似ているということから付いたという説もある。
薄暗い森の中でフシグロセンノウを見つけると、夏なのに涼やかで幽玄な心持ちになるのは、きっとこの花が永い年月人々から愛されてきたことを思い浮かべ、夢幻の世界を想像するからだろう。